何でも「有り」という間違い


仏教心理学編6回目に参加された方の感想


 

「やりたいこと」と「できること」のお話は興味深かったです。

好きも嫌いも所詮自分が勝手に決めつけてる感情なのだし、目の前の「できること」をたださせていただく…という気持ちでいる方が、シンプルで軽やかに生きていけるだろうなと。

やりたい!という思いの根底に何があるのか?

頑張りすぎてる時ほど見失いがちかも。

自分のことほど近すぎて見えないものなので、心を整理する上でも貴重な時間をいただいてる感じです。

 

ペアでの気功のワークは、お相手の方から伝わる波みたいなものが色や温度で感知されて面白かったです。

自分がお相手の不調を癒す側でも、癒される部分も多々あったりして、目には見えないけど「気」の力ってすごいなぁと改めて思いました。

今日もありがとうございました(*^^*)

(なおさん)

 

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“白”の反対(逆)は“黒”・・・ではなくて、仏教では“白じゃナイもの「全て」”という考え方を、今日の勉強会の早い時間帯で伺いました。

 

『白の反対は黒』『愛の反対は無関心』などなど。。。

ナンとなく“問いと答え”を“一対一”でいろいろ決めつけている自分が居るナァと感じました。

 

どんな方程式を使って、その答えを導いて来たンだろう。

そもそも、その方程式自体、答えが出るモノなのか・・・。

しかも“問いと答え”を“一対一”で決めつけている自分が自分を苦しめているンだろーナと感じました。(^^ゞ

 

このごろの勉強会や講座で、よく出て来るキーワードが「思い癖」「妄想と現実」。

きょうのお話にあった“有る”世界しか見れない自分。

ソノあたりが、ホントに腑に落ちると、見える世界も違うンだろーナ・・・(^^ゞ

 

気功編でのセイシュ(漢字変換できマセン(^^ゞ)とヴィバッサナー瞑想。

今さらですが、ホントに、『無心になって、いま、ココを感じる』コトって、難しいナと。

絶対、思考というか、雑念は瞬間よりも短い時間で頭を過りマス。(^^ゞ

 

実践々々、鍛錬々々ですネ。(^^ゞ

きょうも ありがとうございました (*^^*)

(じぇいさん)

 

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考え方、生き方など、お話しを聞く度に迷いが無くなっていきます。

周りの人の悩みなどを聞いた時も、以前とは違ったアドバイスが出来るようになったと思います。

 

気功はちょっとした体の使い方で体幹が変わるのが不思議だなと思います。

体の使い方、心の使い方を連動させて生きていくと本当にラクになると思います。

うまく取り入れていこうと思います。

(はぎさん)

 

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点滅する自分、変化していく自己という存在、ちょっと使えそうなフレーズでした。

今消えてましたみたいに(笑)

これからも点滅しながら自己を習ってゆきたいと思います。

(たきゾーさん)

 

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初めてここ勉参加で、いきなり探究編は、難しいかもと聞いていましたが、先入観なしに参加してみたら、久しぶり学校の授業のようで、十分味わえました。

まーくさんの噛み砕いた例えがわかりやすく、大阪での禅学と共通の内容もあって理解しやすかったのかと思います。

認められたいと思って、やりたくないことや仕事をしていても苦しかった以前より、「心」について考えたり、「良い行い」や「有る世界と無い世界」を考えるようになってから、苦しいことやストレスが少なくなってきました。

ただまだ、あるある世界の真っ只中にいると、ついもっとと欲が出てきてしまいます。

 

東京から地元に帰る途中、段々と【ある】環境から【ない】環境に移って行く様子を車窓からみてたら、あるある、あるなし、なしある、の世界をちょっとだけ感じました♪

やっぱり決めつけずに、やってみることが大切かな~と思います。

気功も、みえ【ない】あやしさから受け入れられないこともありますが、誰にも【ある】ことが、ひとりでも苦しんでる人に伝わるといいな~と思います。

 

ペアになっての遠隔の実践は、お相手の気のおかげでみるみる痛みが取れていくので、わくわくしました♪

今回参加できたのも、ご縁ですね。また、いつか出られたらいいな~と思います。

(高塚さん)

 

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仏教の教えを学んできて、無常無我というものを知り、空の世界の概念を知って からもう一度、世間の波に飲まれてみた時、今までと物事の捉え方が全く違って いることをまさに今体感しているので、一来果という言葉が深く刺さりました。 

そういう段階があるのを初めて知りました。

 

大きく勘違いしていたな~と思うのは、悟りが腑に落ちれば、目が開けば、悩み や苦しみがまったくなくなり、ずっと穏やかで幸せな心の状態でいられると思っていたことかな。

そこを勘違いしていると、どうしてもエゴがその状態を求め始めるので苦しくなります。

いやいや、悟った人でも、悩みや苦しみは今までと変わらず訪れるのだとわかった時に、ふっと力が抜けました。

捉え方が変わったので、悩みや苦しみにならないだけで。

心は痛むし、つらく感じる時もある。

ただそう五感が感じているだけ。

でもそれも実体はない、そこに私はいない。

なんかそんな感じです。

 

でも、現実の世界で生活していくには自我の力あってこそなんだな、ということも感じていて、そこのバランスが難しいな~と思います。

まだまだそのバランスが上手く取れず不器用な生き方をしてるな~といつも思いますが、まぁ、それも楽しみつつなのでしょうね。

いかなる時も楽しめる自分で在りたいなと思います。

 

気功編では、相手の方の気の流れや色が確かに感じられたし、遠隔で痛みもとれたと言われてよかったです。

ヴィパッサナー瞑想は続けていきます。

どうもありがとうございました。

(とこさん)

 

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やりたいこと、やりたくないこと、できる、できないのワークをしてみて、日頃行っている家事や育児を当てはめてみても、その時その時の自分のコンディションで違う位置にいることがわかりました。

要は、自分の心の持ちようでどうにでも変化していく、そう感じました。

家事や育児に限らず、全てのことに繋がることなのですが、この心の変化がどのような観点から来ているのかを知ることで、次のステージへ変化していくのかなとも考えられました。

 

また、今の私が見ている「有る」という世界も、全ての1/4しかないということを知ったら、現在の悩みがどれだけ小さな事なのだろうと感じてしまいました。

悩みというものも、全て妄想になってしまうかもしれません。

というのも、貪瞋痴は外にあるエネルギーを自分の方へ寄せるともありましたが、そうすることで、自分を外部の評価や価値観などで作り上げていたのかもしれないなと感じ、本来の自分を埋めていたようにも捉える事となりました。

 

自分から外にエネルギーを出し、良い波を出せるように少しずつ鍛錬していけたらなと感じた時間となりました。

(のりまきさん)

 

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